2010年の日記59日

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2010年12月30日(木)

今日は今年度のバイトの締めでした。 忙しくて、日記を書く時間があまりなかった。 最近、冬期講習で勤務ばっかしてたせいで、いい加減、バイトにも飽きてきたし、教室長も鬱陶しく感じるようになってきた。 しかも教室でエアコンが常時稼動してるせいで、ドライアイ加速するし。 もう、給料とかどうでもいいから、もうぼちぼち勤務を減らしたいと思ってるんだけど、受験前シーズンなので、なかなかそうもいかないという・・・。 おれ、この受験シーズンが終わったら、バイトやめて学業に専念しようと思うんだ・・・。

そういえば、なんかこないだ、「授業風景をサイトに載せたいので、 写真を取らせてください」 とか言われたので、OKしたんだけど、今見たら、ほんとにうちの塾のサイトに 自分の授業中の写真が載ってて笑った。 自分も生徒も超猫背でわらけた。

バイトの収入でゲームやらCDやら本やら買ったりしてる。 やっぱどうぶつの森面白いなーっていう。 どうぶつの森プレイするのって64以来。 あんまり変化がなさそうでいて、実は結構変化多いなーと思う。 前は博物館とかなかったし、交番なくなってるし。 あと、住人の会話パターンがだいぶ減っていて、会話をする気が起きない。 64って、住人と話すと、家具を盗られたり、つまんないものを高い値段で買わされたり、屋根の色を変な色に塗り替えられたりみたいな、理不尽なことも多かったけど、そういうのも含めた会話が楽しかったよなー。 64の頃は、住人と話す前に重要アイテムは家に置いておくとか、大金は持ち歩かないみたいな習慣がついてたような気がする。 あと、干支を覚えられたのも、サブリナとの会話がきっかけだったし。

2010年10月03日(日)

いつの間にか一ヶ月も経ってた。 前期の授業は全部単位取れてた。 後期の授業で全部単位が取れれば、残るは4年次の必修科目のみ。

さっきバイト先から電話が来てたけど、気が付かなくて出れなかった。 留守電に、「勤務のことについて話したいことがあるので、火曜日に電話下さい」という内容のメッセージが入ってたけど、なんなんだろう、とても気になる。 なぜかこういう時、必ずといっていいほど、自分は知らないうちにとんでもない失態をしてしまい、そのことがバレて、叱責されるのではないか、なんて心配をしてしまう。

・・・というわけで、今のところは、なんだかんだで一ヶ月は辞めずに バイトを続けることができていたわけです。 今後どうなるかは分からないですけど。

先々月はバイトを始めたばかりだったから、二日くらいしか出勤してなくて、給料が7000円くらいにしかならなかったけど、先月はずいぶん働いたと思うので、2,3万くらいにはなってるだろうと思う。

・・・けど、もともとバイトを始めた目的は、お金を稼ぐっていうことよりも、暇つぶしと気晴らしだったんだよね。

実際、今現在は授業がスッカスカで、開いた時間は、数学の勉強をして潰すにしては、あまりにも膨大だから、バイトはちょうどいい暇つぶしになってるし、中学生と受験数学の問題を解くのはいい気晴らしになる。

自分はたいてい年がら年中、どんよりとした気持ちで過ごしているんだけど、塾で元気な生徒と話すと、ちょっと明るい気分になれる。 バイトやってて一番楽しい時間って、そういうときかも。

なんか、お年を召した女の先生が、若い人と話すと元気がもらえる、みたいなことを冗談めかして言っていることがあるけど、今なら、その気持がちょっぴり分かる気がする。

あと、考えてみたら、男子校行ったり、大学で女子と知り合う機会がなかったりで、かれこれ5年近く、まともに女の人と話す機会がなかったせいで、だいぶ女性恐怖症になっていたり、そうでなくても、人と話す機会自体が少なかったのもあって、対人恐怖症のきらいがあったのだけど、バイトで生徒と話さざるをえない環境に置かれてから、その辺の症状がだいぶ軽減されたような気がする。

バイト始める前に想定してた、バイトのメリット、すなわち、暇つぶし、気晴らし、女性・対人恐怖症への暴露療法などが、すべてうまい具合に行っていて、本当によかった。

バイトを通して給料以外にこんなにいろんなモノを得ようとしてた自分だけど、大学は授業もろくに聞いてないし、図書館くらいしかまともに活用してないので、今後はもっと積極的に教授にいろいろ聞きに行ったりして、徹底的に有効活用した方がいいかもしれない。

でも、質問っつっても、知りたいようなことは 自分でネットやらを駆使して調べれば大抵出てくるから、聞くこともないんだよね・・・。 思いついた証明を持って行ったりとか?? まあ、また今度考えよう。

そして、相変わらず、豆腐とめかぶばかり食べる毎日。

2010年09月02日(木)

単位落としたんじゃないかと心配してた授業が幾つかあったんだけど、今のところは一つも落としていなかった。 あと二つ、まだ結果が出てない授業があるけど、これだけ単位取れてれば、まあ、万が一単位を落としていたとしても、なんとかなるでしょう・・・。 それにしても、ゼミが評価Sだったのが、地味にうれしい。

この季節、お豆腐がとてもおいしい。

今日は、地下にあるテーブルゲームサークルの部室に行く夢をみた。 ちなみにそんなものは実在しやしない。

うえぇ、今急にバイト先から電話来て、土曜日に振替授業やってくれだって、めんどくせー。 ほんとバイトさっさと辞めたくなってきてるんだけど、一ヶ月立たないうちに辞めるのは、それはそれで癪なんだよなー。 とりあえず、給料日が来てから考えよう・・・。 いや、この考えがよくないのか・・・?

2010年08月28日(土)

ひとり家にこもって好きなことばかりしてないで、人と触れ合う機会を多く持つようにすれば、少しは気が晴れるんじゃないかと思って、バイトを始めてみたはいいけれど、どうにも働くってことがバカバカしく思えてしまって、いまいち熱心に働く気が起きない。

それと、好きでもないことを好きでもない方法で、人に教えなきゃいけないってのは、つまらないことこの上ない、ってことがよくわかった。。。

しばらく経ったら、おとなしくバイトをやめて、もっと有意義なことに時間を使おうと思う。

2010年08月26日(木)

今日、バイトの契約だけの予定が、研修もしていない状態でいきなり2コマも受け持たされて、死にそうになった。たった2コマでこんなにもヘトヘトになる自分の不甲斐なさに、悲しくなると同時に、労働のあまりのアホらしさに、さっさとバイトをやめたくなった。思いの外、働くのってつらい。年度末までは勤務する予定だったのだけど、遅くとも12月あたりまでにはやめることになりそう。バイトをやめたら、バイトで貯まったお金を、何か有意義なことに使いたい、といっても、大した額は貯まらないだろうけど。

2010年08月25日(水)

昼からずっと図書館で勉強をしてた。 わりと、はかどった・・・と思う。

図書館で飲んだ伊右衛門の玄米茶がおいしかった。 爽健美茶とかも好きだし、玄米の入ってるお茶が好きなのかも。

ギターとキーボードの練習が少ししか出来なかった。

あした初バイトだから今日ははやめに寝ておこう。

私服で行こうかスーツで行こうかちょっと迷ってるんだけど、なにしろ暑いし、ネットで調べたら、スーツで行ったところ、バイト先で驚かれた、みたいな話も見かけたから、やっぱり私服で行こうと思う。

たまにAmazon.comから音楽やら数学やらの本を買ってるせいか、Amazon.comから送られてくるおすすめが、音楽と数学の本ばっか。 しかもあんまり欲しいと思わないような本ばかり。

Worried Man Bluesの歌詞ってどういう意味なんだろう。

最近、Banjoって楽器の音が好きなことに気づいた。

2010年08月24日(火)

あー、バイト緊張する・・・。さっきも研修のことやらなんやらで電話したんだけど、電話不慣れで尋常じゃなく緊張した。電話だけでこんなんじゃ、バイト前日の夜とか寝れなくなりそう。

このゲームおもしろそう。 Substream http://www.substream.info/

2010年08月23日(月)

今、久々にビール飲んだけど、う、うめぇ・・・。 (C↓C)はC^2と同じ、ってことをさっき知った。 (*↓Set)はSet_*と同じだけど、似たような感じで、_R Modとかも(-↓-)の形で表すことって出来ないのかなぁ。 そういえば、結局キーボードを買ったし、下の下の記事で言及した、ギターとピアノの教則本も買った。 どっちも割と読みやすい・・・と思う。 毎日それぞれ30分以上は練習してる。 そしてもうすぐバイトの初日。 12日に電話受けた時、バイトの初日の日付聞き間違えたんじゃないかって、心配になりつつある。

2010年08月12日(木)

電話きて、バイト受かった。バイトしたいと思ってた頃からだいぶ時間がたって、もうかなりバイト行くのが面倒くさくなりつつある・・・。

2010年08月09日(月)

Amazon.com見てると和書には無いような良書が目に入って、ついつい本を買いたくなってしまう。ギターとピアノの教則本、すごくよさそうなの見つけてしまった。二つあわせても40ドルくらいだし、送料あわせても5000円いかないだろうし、買ってしまおうか・・・。

2010年08月05日(木)

だめだ・・・。 暑くて何もやる気が起きない・・・。今学期の試験の結果心配だなぁ。

2010年08月02日(月)

急に、dwarf fortressってゲームのことを思い出した。名前は聞いたことがあって、ダウンロードしてプレイしたこともあるんだけど、いまいちやり方がよく分からなくて投げた記憶がある。このゲームにはまれれば相当面白そうなので、また今度プレイしてみようかなぁ。そして今日も勉強はせず、ギターの練習したり、電子キーボードの購入を検討したり。。。カシオのCTK-5000がよさそう。

2010年08月01日(日)

今日もギターの練習やらなんやら。また蒸し暑さがぶり返してきてまったく頭が働かないので、勉強は全くと言っていいほどにすすんでない。最近パワーパフガールズばかり見てる。小さい頃テレビでやってたのを何度か見たことがあるんだけど、今見ると当時よりネタが理解できるから面白い。

2010年07月30日(金)

昨日はバイトの説明会だった。 人は30人くらい来てたと思う。60歳くらいのおいちゃんが、英語の試験だけ受けて帰っていったのが、とても印象に残っている・・・。学校の試験科目はまだ残ってるけど、あとは簡単なのだけだし、バイトの説明会も終わって、一段落したので、またギターの練習をしてる。

2010年07月27日(火)

昨日はXMPlayをアップデートした。いつの間にかクロスフェード機能がついてた。 今日は試験だった。試験が終わったので家に帰ったら、友達から「もう帰っちゃった?」ってメールがきてて、受け忘れた科目でもあったのかと思ったけど、別にそういうことではなかった、よかった。そのあと、図書館でひたすら試験とは全く関係のない勉強をした。

2010年07月26日(月)

気づいたら日にちが飛んでた。バイトの説明会の連絡がさっきメールできてて、ものすごくびっくりした。ほんと心臓止まるかと思った。

2010年07月23日(金)

今日も図書館へ退避・・・。昨日バイト応募したのにまだ説明会についてのメールが届いてない。そういうものなのだろうか・・・。

2010年07月22日(木)

午前中から図書館へ行って昼下がりまでぼーっとしたり。部屋にエアコンが欲しい。 毎日37度はつらい。

2010年07月17日(土)

今日も今日とてギターの練習。 昨日と同じく、コードの練習と、ブルース的なフレーズの練習をした。 あと、音楽の勉強もちょっと進めた。 とりあえず9章の章末問題の途中まで。 今、あんまりおいしくないウイスキーをりんごジュースで割ったものを飲んで、そこそこ酔っ払った状態でこれを書いてる。 お酒飲むと、鏡に向かって、自分の目に手をかざしたりして、自分の瞳孔の反射を確かめる、ってのが癖になってるんだけど、実際のところお酒飲んで酔っ払ってる時って、そういう反射って弱まることってあるのかな。 シラフで、自分の瞳孔の状態を確かめたことがないから、普段と違うのかどうかもよく分からないっていう。

最近暑くて毎日だらけているような気がするのでとりあえず日記つける。 今日は学校行った帰りに弦買ってきて、弦の交換をした。 ついでになんとなくワックスも買った。 面倒くさくてあまり使わないような気もするけど。 あとはギターの練習して、TAS動画見たり。 思い返してみるとやっぱり完全にだらけきっているような気がする。 そろそろ試験問題の解答作らなきゃなー。 バイト探ししたいし、作りたいプログラムもあるんだけど、試験前だとなぜか何もやる気が起きないっていう。

todo:

図書返却 試験対策 資格の情報集め 就活に向けた準備 バイト探しとか音楽の勉強とかプログラム書いたりとかギターの練習とか 音楽の勉強は9章からしばらく進んでない・・・。 ギターは6弦ルートと5弦ルートのM,m,M7,m7の練習ばかり。 コードチェンジがあまりスムーズにいかない。

ワックスの使い方よく分からないから風呂場で練習しようと思ってたのにすっかり忘れてた。

2010年04月15日(木)

日記をしばらく更新していなかったので、数日前になんとなく非公開にしてみたりしていたんだけど、学校が始まってからまた日記書きたくなってきたので、たった今、公開設定に戻した。

2010年04月01日(木)

ここのところフリーゲームばかりやってたせいで、自分の中の「ゲーム作りたい熱」が再燃してて、ドット絵の練習をしたりしてる。ドット絵の練習の成果を淡々と載せていくだけの自分専用のサイトでも作ろうかな。

2010年03月24日(水)

高校の頃、中学の友人の家に遊びに行ったとき、その友人の部屋があまりに落ち着くもんだから、何気なく「この部屋ほんと落ち着くなー」みたいなことを言ったら、「ああ、そういうことよく言われる」と返されて、「え?よく?そんなに頻繁に部屋に人を連れ込んでいるの?誰を?」などといろいろ邪推したことを思い出した。

2010年03月18日(木)

数学の勉強と、音楽の勉強、ギターの練習、そしてプログラミングと、やりたいことはたくさんあるんだけど、なぜかいつもこのうちの二つしか出来ていない。

2010年03月16日(火)

来年度の授業計画を立てた。教職系科目を取る必要がなくなったから、学校に行くのは週に3回になる。時間割があまりにもスカスカで落ち着かない気持ちになった。予定を埋めないと気が済まない人の気持ちがわかったような気がした。

2010年03月02日(火)

最近よく夢を見る。今日は、覚えているものだけでも三つの夢を見た。三つとも、中学時代の夢だった。

ひとつ目は、同級生の女子と話す夢。何かがきっかけ*1で、ほとんど話したことがなかった女子*2に話しかけられる。自分は相手に不快感を抱かせたり自分の女性恐怖的な傾向に気づかれたりすることのないように、必死に取り繕いながら、うまく相手と話を合わせて、談笑している。思いのほか話が盛り上がったので、それからもしばらく必死で話を合わせていたら、その女子から、「○○くんってすごい面白いね、もっと真面目な人かと思ってた」みたいなことを言われた。その言葉を聞いて、素直に嬉しいと思う反面、相手は自分がどれほど必死で外面を取り繕っているかに気付いていないってことに、疎外感を感じて、目の前の人間がものすごく遠い存在のように思え、頭が真っ白になる。っていう夢。

実際、この手の言葉は、小・中・高と何度か言われたことがあるし、その女子から言われたこともあったような気がする。当時は今ほど人と会話するのが苦手では無かったから、人と会話するときにいちいち考えて喋ったりはしてなかったので、こういう言葉を言われてもとくになんとも思わなかったけど、今こんなこと言われたらかなり動揺すると思う。

二つ目は、知り合いの同級生数人が校庭の真ん中で生きたうさぎをサッカーボールがわりに蹴飛ばして遊んでいる、っていう夢。その後、その集団に分け入って、うさぎを救出するものの、うさぎは死ぬ。加害者がどうでもいい赤の他人ならまだしも、知り合いだったってのがかなり心に刺さって、夢の中で相当のダメージを受けた。

三つ目は、幼馴染みの女子とメールアドレスを交換する夢。きっかけは、自分がある情報を欲していて*3、その情報のありかを握っている幼馴染みが、教えてあげようか、みたいな感じで耳打ちしてきたけど、時間がないし聞きたいことは山ほどあるからメールアドレス教えろ、って言って、メールアドレスを交換してもらう。っていう内容。

*1:何がきっかけだったかは思い出せない

*2:夢の外では、そこそこ話したことがある

*3:なんの情報だったかは思い出せないけど、そんなに大したことではない

2010年02月28日(日)

いつか役に立つかもしれないから教員免許を取っておこうかと思って、大学で教職課程を履修してたんだけど、中高の教師にはあまりなりたいと思わないし、そもそも自分は教師には向いてもいないと思うし、教育実習に行くことを考えるとものすごく憂鬱な気分になるしで、これ以上教職課程を履修しつづけても意味がないと思うので、もう来年度からは教職とるのやめようと思う。

2010年02月27日(土)

学校が休みだからか、思わずさらけ出したくなるような心の内もなくて、必然的に日記の更新頻度が落ちてる…。自分にとって、朝早く起き、満員電車に揺られ、たくさんの学生の中で自意識にさいなまれ、くたくたになって家に帰るっていう日々が、どれだけ負担かって話だと思う。

2010年02月13日(土)

Tonal Harmony

Tonal Harmony

Tonal Harmony: With an Introduction to Twentieth-century Music

Tonal Harmony: With an Introduction to Twentieth-century Music

Audio CD/Tonal Harmony

Audio CD/Tonal Harmony

買おうかと思っている、調性音楽の和声理論の本。海外の大学で開講されてる音楽理論の講義のシラバスとか見まくった結果、音楽理論の勉強の取っかかりとしては、この本が一番よさそう。というか、自分が調べた講義のうち、基礎的な講義ではすべてこのテキストを使ってた。

一番上がテキスト、真ん中がワークブック、一番下がCD。全部買うと162ドルになるし、海外の大学のサーバーに置いてあるワークシートをワークブック替わりにする予定なので、ワークブックは買わないと思う。CDはどうしようかと思うけれど、後で考えることにする。

Amazonで前の版を立ち読みした限り、そのへんの日本の音楽理論の本よりもはるかに分かりやすそう。この本だけでも81ドルもするんだけど、たぶん数学の本と同じで読むのにすごく時間がかかりそうだし、読み終わったあとでもリファレンスとして使えそうなので、コストパフォーマンス的には悪くないと思う。

2010年02月07日(日)

ここのところあんまり日記を書いていなかったせいで日記の書き方みたいなものを少し忘れかけていて、なんだかいまいち調子が出ない。うーん。いや、文章の稚拙さは毎度のことなんだけど、なんか違和感。


このあいだ、Twitterで偶然、中学の頃からの知り合いを見つけた。さすがに今のアカウントでそのままFollowするわけにはいかないなー、と思って、実名のアカウントを別に作り、そのアカウントからFollowしようと思ったんだけど、実名アカウントを作ったところで、その知り合いもTwitterで一言もつぶやきを発していないから、たぶんアカウントを試しに作って放置してあるだけなんだろうし、それをいきなりFollowするのも変かな、とか考えだして、なんだか熱が冷めてしまい、結局Followはせずに終わった。

それから、他にも知り合いでTwitterをやっている人はいないんだろうかと思って、先月の同窓会に出席していた人の名前を片っ端からGoogle検索にかけるっていう、自分みたいなネットジャンキーには当たり前だけれどもインターネットに疎い人にはストーカー同然の行為を繰り返していたら、Twitterアカウントこそ見つからなかったけれど、それ以外の情報はいろいろ出てきた。

っつっても大体は、大学の部活の部員紹介だとか、予備校の講師のプロフィールとかばっかで、別にたいした個人情報じゃないし、なんでもないようなことばかりなんだけど、なんだか自分の見知った人間が、自分の見知らぬところで人との関係性を構築してるってことをネット上で確認できるところに、ネットウォッチを超えたエンターテインメント性みたいなものが感じられて、人生ってすげーって思った。

それと、「3年2組のページ」みたいな感じで、高校のクラスメイトを実名でリスト化し、それぞれの名前からそれぞれの人の日記や前略プロフに飛べるようにしたものが、消されずに放置されて残っていたりして、そこから芋づる式に情報を辿れるようになってたお陰で、すっかり忘れてた人の情報まで出てきたりして、情報化社会こえーって思った(そして、自分の名前がGoogleで検索すると数百件は引っかかるようなそこそこありがちな名前で良かったと思った)。

2010年01月30日(土)

あまり書きたいこともないので、必然的に更新頻度も落ちている。日がな一日、インターネットや代数学の勉強をして過ごしている。音楽を流しながら。「(犬のための)ぶよぶよとした前奏曲」とか、そういうのを。「(犬のための)本当にぶよぶよとした前奏曲」の三曲目が、一瞬だけラグタイムみたいで、面白いから、つい何度も聴いてしまう。一度音楽を流し始めると、そのままずっと流しっぱなしにしてしまう。

2010年01月24日(日)

ひさびさにモバゲーにアクセスしてみたら、案外面白い。質問コーナーで「童貞」とか検索していろいろ眺めてるだけで、だいぶ時間が持ってかれる。

2010年01月23日(土)

以前に自分をCARPに誘ってきた人を、Twitterで見つけた。これはまさかの展開。


途中で出てきた主張をすべて紙に書き、読者に課された証明をすべて自力で証明するようにしているとはいえ、一日にLangのAlgebraが3ページくらいしか読み進まないってのは、いくらなんでも怠けすぎていると思う。


昔見てたサイトの管理人がやっていたブログを今更見つけた。2005年に開設されて、そのまま放ったらかしにされてる。なんつーか、この人のサイトを初めて見た時から、自分はこの人の影をずっと追ってる気がする。

2010年01月22日(金)

Zから巡回群への全準同型写像作って準同型定理使う、っていう流れがとても鮮やかで、精神衛生上とてもいい。


高校の頃から見てるサイトの管理人が飼っていた犬が死んだ。何度か管理人とメールして犬の写真もらったりしたことがある。あまりに突然だったので、なんだか不思議な感じがする。


代数学の本の巡回群のあたりを読みながら、読者に課された証明問題を解いたりしている。


暴露妨害反応法っていうのをここ数カ月のあいだ自力で試してたらだいぶ対人恐怖症がましになったというか、まあ普通の生活をする上ではほとんど緊張しないようにはなったような気がする。自分の強迫行為はたぶん、本を読んだり音楽を聴いたり、俯いたりすることだったんだろう。


なんかレストランで友達とごはんを食べる夢を見た。自分はたらこスパゲティを注文していた。

2010年01月21日(木)

一時期、「オタク」っていう言葉が流行りだしたころに、自分は結局オタクにはなりきれない、オタクを自称するほど吹っ切れられそうにない、ってことに気付かされた覚えがある。「非モテ」っていう言葉があるけど、あれにも似たようなことを思う。自分は「非モテ」を自称するほど、自分のそういった属性を誇りを持っているわけじゃないし、自虐的にでさえ触れたいと思わない。

あと、個人的に、「モテたい」っていうしがらみに苦痛を感じて必死にあがいているような、「非モテ」という言葉に収まりきらない人間に、自分は魅力を感じる。なんでかっていうと、単純に、自分自身がそうだから。


お酒ってアルコールだから香りを楽しむものっていう感じがする。


むやみやたら誰とでもセックスすることの悪いところってなんだろう、ということを考えてたら、セックスは、普段人に見せない自分のパーソナリティーを他人に一時的に預けるようなものだと思った。誰にでもそういうことをするってのは、もしかすると、自傷とかに近いのでは。

安楽死が認められるようになるためには、医療費が払えずに安楽死を選ぶような人が出ないように社会保障制度を整えなきゃいけない、みたいな話がある。それと同じに考えたら、むやみなセックスを認めるためには、自尊心を持ってある程度精神的安定とか経済的安定を得た確立したうえでの選択でなきゃいけないんじゃないかと思った。

なんかお金も必要だなーと思ったので、あとからちょっと足したり引いたりした(「足したり引いたり」って書くとそのあと「操作して作曲する」って書きそうになる)。


考えてみたら、基本的に、働いてお金を稼ぐのも、勉強して見識を深めるのも、私利私欲のためにやることなんだよね。

働いたり、勉強したりすることは、その内容如何によっては世の中のためにならないこともたくさんあるのに、なぜかすべて一括りに偉いことだと考えている人がたまにいる。自分も、働くことはもともと別に偉くもなんともないとは思っていたけれど、勉強に関してはこういうことを考えたことがあまりなかった。

まるで人間は、根本的に人は(辛いことを我慢してやる|楽しいことを我慢してやらない)のが当たり前だという価値観を他人に押し付けるように出来ているみたいだと思う。

2010年01月20日(水)

なんか自分、会社勤めとか出来なそうだし、研究職に就けるほど熱意も才能も運もないし、どうなるんだろう。まあ、そのうちなんとかなるだろうし、なんとかならなくても、せいぜい野垂れ死にするくらいだから、どうにでもなれとは思う。そういえば、なんかさっきネットを見ていたら、食うに困ってやむなく刑務所に入りたいときは、偽札を造るといいと書いてあって、ちょっと感心した。

試験期間もまだ終わってないのになんだかすっかり休み気分なので、来年や再来年の自分の授業計画など立てていたら、これから好きな勉強以外はしなくていいっていうことへの期待と、教育実習への不安が入り交じった、なんとも複雑な気持ちになった。教育実習ほんと憂鬱だなー。なんか教育実習に行くと自尊心をズタボロにされるみたいな印象があって、とても怖い。

犯罪予告を予告したり、「脅迫するぞ」と脅迫したりするのは、犯罪になるのかどうか少し気になった。あと、股間に特殊メイクをして、性器があるはずの場所がただの何もない普通の肌のごとく見えるようにしたうえで、それ以外は一切何も身につけずに外を歩いたら、犯罪にあたるのかどうかも気になった。


ポリシックスの人たちがいつも目に黒い線で修正が入れられている人みたいに見える。


お腹から腸をはみ出させるファッションとか流行ったらすごいなーと思う。

2010年01月19日(火)

今から救急車と消防車のサイレンを子守唄に寝ようと思う。


結婚しているだけマシ、セックスしたことあるだけマシ、彼女/彼女がいるだけマシ、告白されたことがあるだけマシ、みたいなのってかなり残酷な言葉だなーと思う。


Twitterってなんだか学校の教室みたいだなー、って思った。他人に話しかけることは物理的には可能なんだけど、別にそんな気も起きないし勇気もないから、ただ人が喋ってるのが耳に入るくらいな感じ。たまに誰かがものすごく共感できることを言っていても、あんまりよく知らない人だから、急に話しかけんのもあれかなー、っていう。頻繁に顔を合わせているのに、一回も話したことはない、みたいな、微妙な距離感が、ものすごく学校っぽい。…と、思った。


たまに「ここに人間がいるぞーっ」ってタイトルを見てると、自分でもなんでこんなタイトル付けたんだっけと思う。自分のイメージだと、地球外生命体たちが、事故で炎上してる旅客機に重装備をして入り込んで調査をしていたら、奇跡的に息のある人間を見つけて、「ここに人間がいるぞーっ」って感じ。


明日も試験なのに、もうご飯食べてお風呂入って、布団にもぐってる。さっき自慰したら膝がガクガクになってすごい疲れたし、もう眠たい。あと、自慰したら下痢して、こりゃ下痢ダイエットあるな、って思った。


どうせ通る試験を受けるためだけに、わざわざ学校まで行くのが面倒。しかも試験が一科目だけだったりすると、なおさら。


うちの学校の近くの交差点で、未だに薄手の半袖のシャツだけしか着てない人をたまに見かけるんだけど、いったいどういう体をしてるんだろう。

あと、最近学校のそばでよく見かける人で、『キノの旅』のキノみたいな人がいる。初めて見たときは男の人かと思ったけど、よくよく見てみたら女の人だった。被っている帽子が、てっぺんが平たく、つばの短いもので、キノの被っている帽子と似ているし、服装も中性的な感じ。


小学生低学年の頃、好きな女の子の吐瀉物を自分は食べることができるのかどうかっていうことを学校帰りによく考えていて、結論としてはだいたい「まあ、なんとか。」ってことになっていたけれど、今はおしっこでもいけるかどうか。おしっこは多分、その生ぬるさが、おしっこ独特の「もわあっ」というこもった匂いをより拡散させるから、コップに口をつけて飲もうとしたときに匂いが思わず鼻に入ってしまい、思わず飲むのをためらってしまうだろうと思うので、鼻をつまみながら飲み込んで息を口から逃がす、っていうことに気をつけてさえいれば、多分いけると思う。


最近わりと頻繁におしっこしたいと思ってる気がする。

2010年01月18日(月)

人間はみんな生まれながらにして死ぬことが運命づけられてるけど、差別し排斥されるのはそうじゃない、みたいなことを考えてたら、「死ね」っていうのは誰にでも訪れる死期がより早まってほしいという解釈も出来るから、使い方によっては差別よりもはるかに優しい言動になると思った。


クラスの人と話していて、「塾講師のバイトをしてるんだけど、全然話さない生徒がいてどうして良いか分からず困る」みたいな、自分にも当てはまりそうでいてかつ自分で多少劣等感を抱いている属性について批判的な意見を述べられると、「あれ?わざわざ自分にこの話題を持ち出すってことは、自分って相手に無口だと思われてないのかな」と安心する気持ちと、勝手にその生徒に共感的な気持ちになってその生徒のことを庇いたくなる気持ちと、「いや、もしかしたら、これは自分が無口だと思われていて、それを暗に批判するためにわざわざこの話題を持ち出したのかな?」というふうに少し疑心暗鬼になる気持ちが入り混じって、すこし混乱する。


今日、クラスの人と話していたら、進路の話になった。彼はRSAなどの暗号に興味があるらしく、リーマン予想の勉強をしたいと言っていた。その話しぶりから、数学に対する熱意みたいなものがちょっぴり感じられて、なんだか自分の事を棚に上げて、「若い!」と思ってしまった。学問に限らず、何かに新鮮な気持ちを持って情熱を注ぐことのできる人って、見ていて清々しいと思った。

そして自分もちょっぴり暗号理論には興味がある。暗号理論の数学的なことは全くのさっぱりだけど、RSAとか楕円曲線の名前くらいは一応知ってる。なんか暗号のことを考えていると、暗号理論を一般の人向けに解説した本を読んでた中学時代を思い出す。


こないだ公開された acid best hit's を流し聴きしていたら、なんだか聴いたことのあるような雰囲気の曲が流れてきたので、作曲者を見てみたら hujiko pro だった。やっぱ hujiko pro の mix を聴きまくってたから、わかるんだろか。


考えてみたら、「感情表現が豊か」って、別にいっつも笑ってる、っていう意味じゃない。笑うのはもちろん、怒ったり、悲しんだりみたいな感情も、「豊か」のバリエーションのひとつになってる。


前に自分の友人が実はポーンさんで、しかもTwitterをやっている、っていう夢を見たけれど、いつの間にかほんとにポーンさんがTwitter始めてるってことに気づいた。


大学入学試験で不合格の人に間違えて合格通知を送ってしまったらとりあえずその人を合格にする、っていう対応が広まるといろいろと厄介、っていう問題は、ネット通販での価格表示ミスにも通じる問題だと思う。

あと、政治家に何かあると辞任を求める声が出るのが普通になってしまっているから、最近じゃ、辞任を求める声が出ないのが不思議、なんてことを言う人まで出てくるけど、辞任を求めることの後ろに別にそんなにもっともらしい理屈があるようにも思えないし、個人的には、辞任しさえすればいいっていうのは自殺や指詰めに通じる日本の弊風の一つだと思うので、辞任を求める声が出るのが普通っていう風潮こそがおかしいのではと思う。


ケータイの待ち受け画面のメモに書いてある地平線の文字がなぜかいつも小池徹平に見える。


さっき電車で座ってたら隣に女子高生数人が座って、延々と高校の愚痴を言っているのが聞こえてきて、なんかうちの高校みたいだなーと思った。公立に行けばよかった、昼休みに学校を抜け出したいが校則が厳しいので出来そうにない、宿題が多い、学校がつまらない、カフェテラスがあるなど校舎の設備は充実しているがそれ以外にいいところがない、みたいなことを言っていて、全てがうちの高校に当てはまる。自分も高校のときに全く同じようなことを考えてたことを思い出した。

2010年01月17日(日)

文章を書いていて、使い慣れてない言葉を使おうとすると、「あれ?こんな言葉あったっけ?」って思うことがよくある。

自分で音楽を作曲していると、必然的*1に自分の曲を何度も聴くことになって、「あれ?なんかこの曲どっかで聴いたことがあるような」っていうふうになることがある。

*1:よっぽど音楽理論に精通している人はわざわざ耳を通して聞く必要はないだろうけれど


そういえば、うちのクラスの方が試験が先だったので、別のクラスの友人から、試験にどんな問題が出たか教えて、って言われてたんだけど、なんだかんだで全く連絡をしてない。まあ、彼はものすごく顔が広いから、なんとかやってるだろう。

なんか、他人に反応するのが億劫っていう、自分の性格って、昔から相変わらずだと思う。中学の時も、廊下で会ったとき、クラスの人から「おはよう」と挨拶をされることがよくあって、どう反応したら良いのか分からず、いつも軽く会釈だけして通り過ぎていたら、相手から無視されていると思われたりしていた記憶がある。今年も、友人から何通か、あけおめメールが来ていたけれど、そのことに気づいたのがついたちのお昼下がりだったので、今更返信をするのも変かなと思い、何も返信を返さなかったんだけど、今考えたら失礼な気がする。いつも自転車をとめている駐輪場でも、整理のおじさんから、「いってらっしゃい」や「おかえりなさい」みたいな事を言われるときがあって、どう反応したらいいのか分からず、いつも軽く会釈だけしているんだけど、これも考えたら、無視されていると思われているのかも知れない。他にも、ケータイに電話が来たり、人に話しかけられたりしたときに、別に相手の事が嫌いなわけでもないのに、無視やそれに近い反応しか返さない/返せないということが、頻繁にあるように思う。そしてこれって、なんか「好き避け」に似てる。

これ書いてる途中で、中学の卒業式の後、学内活動の後輩の女子から寄せ書きの色紙を渡されたときに、自分でも気がつかない間に後退りをしていて、そのことを後で友人に指摘されたことを思い出した。あれ今考えてもちょっと怖い。


昨日久しぶりにコカ・コーラ飲んだら、若干、薬くさく感じた。

そういえば、こないだ電車に乗ってたら、左に座ってた女の人がマクドナルドの紙袋を持っていて、マクドナルドのにおいがした。


なんか朝起きてこうやって布団の中にもぐって日記書いてるのってヘンな感じがするような気がしたけど、別にそんなことはなかった。

自分がよく使う「ヘンな感じ」って、なんなんだろう。違和感ではないし、ヘンな空気とも違う。関係性や構図におかしみや不思議さを感じてるのか、それとも単に頭がどうかしてたりでもするんだろか。


人と話していると、だいたい、相手の口から不意に発せられた言葉に、相手と自分の考え方の大きな溝に気付かされることがあるんだけど、それで単にがっかりしてしまうときもあれば、相手の考え方の新鮮さに人と会話することの喜びを感じるときもある。


なんか家で一人で勉強ばかりしてると、どうも頭の調子が変になる気がする。

2010年01月16日(土)

なんか自分の中では去年の9月か10月あたりに紅白歌合戦の雰囲気を感じていたから、今日がまだ1月17日だっていうことにものすごく違和感がある。もうそろそろ春になっていてもおかしくない感じがする。


結局、人を変えることが出来るのは、その人の、「感じること」と「考えること」の間に生じた溝だけなんじゃないかと思う。「感じること」と「考えること」のジレンマに苦痛を感じるから、人は、自己に生得的に備わっている「学習」の仕組みを積極的に利用することで、自らの「感じること」を「考えること」へと近づけていき、ジレンマを解消するのではないかと思う。

このプロセスを経ることで、自らをより自分にとって望ましいものへと変革することができるっていうことが、人間の強みだと思う。そして、このプロセスって、人間がする様々な行いの中に見いだすことができる。世の中で「勉強」って呼ばれてる行為は、だいたいこれに当てはまる。

これって、規範を決めるのもその規範を内面化させるのも自分自身であるっていうことを除けば、内面化のプロセスに近いと思う。自己が自己に受容されるための自己の内面化って感じがする。

これ、最近ずっと考えてたことだったので、なんとなく言葉にしてみたんだけど、ちょっと読み返してみると、なんかまだうまく言葉に出来ていないというか、煮詰まってない感があるなと思った。

脳の仕組みや人間の意識などに関して自分があまりにも無知なものだから、こういう話をさも自信ありげに書いてるとだんだん不安になってきて、こういう言い訳じみた文章を最後に付け足して気を落ち着かせたくなる。


今日は割と勉強がはかどった。


複数のRSSを一箇所に集約した上で、配信されたエントリー数を時間ごとに集計して、グラフ化したり数値化したりしてくれるweb serviceとかないかなー、と思う。探せばどっかにありそうなんだけど、探し方が下手なのか見つからない。集約するのはFriendFeedで出来るので、あとは数値化だけなんだけど。せっかく学校で統計学とかやってるんだし、自分で自分のライフスタイルをデータ化していろいろ調べてみたい。


ちゃんとした数学のテキストって、買うと5000円は下らないことが多いけど、たいてい全て読み終えるのに数ヶ月どころか何年もかかるし、一回読み終えてもリファレンスとして使えるから、かなりコストパフォーマンスがいいと思う。ただ、重いしかさばる。


自分は、同性愛や異性愛や両性愛だけでなく、その他愛が取りうるあらゆる形についても、出来る限り全て同じように扱いたいとは思ってるんだけど、それでもネットで、オチでホモネタと分かる改変コピペなんか読んでると、つい面白いと感じてしまう。それが歯がゆくて仕方がないので、最近は、なぜ人はホモネタを面白く感じるのか、ってことを考えてた。それで、ホモネタを面白く感じるのは、男性間の同性愛を交えた刺激を繰り返し受けることで学習された、社会的な「てんどん」のようなものなのではないかと思った。


たまに、「虚数なんて想像上の数がなんの役に立つんだ」みたいな事を言う人がいるけど、複素数の有用性以前に、そもそも1とか3.14…とかいう数自体が、「一個のみかん」や「円周の長さと直径の比」とかいう、具体的な事物と切り離された抽象概念なので、想像上の数っていう意味では、虚数も自然数も実数も、あんまり変わらないような気もする。

2010年01月15日(金)

コスプレのオフ会はきっとみんなでコスプレとかするんだろうから、非コミュのオフ会は非コミュらしく、各自が家でパソコンを開かない=オフの状態で陰々滅々としてるのが正しいあり方なんじゃないかと思う。


美容師の卵がお互いに髪を切りあって腕を磨いたりしてるのはなんか微笑ましいけど、非モテだった男女が互いの承認欲求を満たし合うためにセックスに溺れていく様は見てらんないなと思うし、自分も別にそんなふうになりたいわけでもない。精神を磨耗することなく男女問わず話せるような人間関係を形成できさえすれば、自然と自尊感情も安定して、日常生活の中の苦痛も軽減されるのではと思う。そういう目的を手っ取り早く達成したければ、その辺のカルト宗教系インカレサークルにでも参加すればいいんだろうけど、それはそれで前途多難な道な気がするし、何しろそんな環境では自分に自信が持てそうにない。


神様が5人いる。それぞれ一つずつスイッチを持つ。五つのスイッチのうち一つだけが、この刑罰が始まるスイッチになってる。どの神様が刑罰を執行したか分からないように、5人で一斉にスイッチを押す。スイッチが押されるとビッグバンが始まる。

この世の中の生物はもともと、神様たちと同じ世界にいた。だけど、その世界で大規模な重犯罪が起き、その犯罪に関わったものが皆まとめて、囚人としてこの世界に送られてきた。だから、この世界の生物はすべて、生まれながらにして、罪を背負ってる。

神様たちインテリジェントな存在の力により、囚人たちは皆、ビッグバン開始から世界の一部として組み込まれてる。そして、この世界は、必ず皆が平等に罰を受けるよう、精巧にデザインされてる。

罰は、なんか気持ちいいとかそのくらいの理由で子孫繁栄しちゃって、全生命が絶滅するまで苦しみのサイクルが続くっていうもの。一回死んでも、記憶が消され、また別の生物として生き返る。

…っていう、死刑執行やら原罪やらID説やら輪廻転生をねじ曲げて適当にごちゃ混ぜにした妄想を思い付いた。


空腹時に腹から発せられる音と、眠ってるときにかくいびきの音は、ともに「ぐう」で表される。そして、詰問され返す言葉もない状態は、「ぐう」の音も出ない、と表現される。従って、詰問されて返す言葉もないとき、人は空腹を感じてもいないし、眠りこけているわけでもない、という結論が導かれる。


自己紹介などで「音楽は大抵何でも聴きます」って書いてる人は大抵演歌を聴いてないし、民族音楽やクラシック、現代音楽あたりにすら手を出してない場合がほとんどだと思う。「大抵」って言葉の選択も、まるで保険をかけてるようで嫌らしく思えるけど、大抵書いてる本人はそんなこと考えてなくて、単に、ロックとジャズとヒップホップと…、って羅列するのが面倒なだけだったりする。


「小飼弾、蜂飼耳、犬飼毅」ってTwitterにポストしようとしたけど、よく考えたら犬飼じゃなくて犬養で、危なく恥をかくところだった。それから、なんとなく久しぶりに蜂飼耳の事をインターネットで調べたりして、蜂飼耳と誰かの対談とか読んでたら、やっぱこの人、教養も品もあって、素敵な女性だなーと思った。好きな女性有名人とかは基本的にいないし、いても言いたくないし、そういうのをいちいち聞いてくる人はどうかと思うけど、もし尊敬とか憧れとか色んな意味を含めて、強いて挙げるとするなら、蜂飼耳さんかも知れない。ただ、言ったところで、誰それ、っていう雰囲気になることは目に見えてし、別に自分も蜂飼耳の本をそれほどたくさん読んだわけでもないっていう。

新聞も、ニュースとか広告とか全部なくして、蜂飼耳さんの読んでいて心地いい文章とか、そういう上品なコンテンツばかりを載せていたら、精神衛生上とてもいいし、読んでて疲れないのに。

成人式で貰ったパンフレットの類いのほとんどが性感染症予防啓発運動関連のもので、うんざりする。性感染症という文字列からにじみ出る性的な生々しさへの嫌悪感。性的なものに対する自分の嫌悪感は、エヴァの惣流が言うところの「フケツ」に近いのではと最近思う。


つーか、今日どんだけ日記かいてるんだ自分。


非モテって、本当にモテてないっていうよりは、誰かに受容されたいっていう欲求が満たされないことのフラストレーションみたいなもんだから、根本的にやりまくってるひととあんまり変わらないような気がするけど、でも、一方はもう一方が渇望しているものを持っているから、ややこしいと思う。

いや、よく考えたら、別にややこしいことなんてなに一つもないな。


今書いた自分の記事を見たらあまりの長さにちょっとびっくりした。


なんか、電車に乗っていると、たまに「なにがあったらそんなに偉そうな態度がとれるんだ」ってくらいに根拠のない自信に満ち溢れた態度の人がいるけど、あれも自信のなさゆえの虚勢だろうから、単に方向性が真逆っていうだけで、自分と似たような人間だと思う。


職業って、他者と自己の利益を両立させる手段のうちの一つであった方がよいと思う。

お金に余裕のある人から金品を受けとって生活したり、生活保護を受けたりしている人のことを嫌悪している人は、自身がこの社会から受けている様々な恩恵に無自覚すぎると思う。

職業意識を感じてるかどうかっていう点を除けば、ネットで自己をある程度さらけ出すことで誰かから金品を受け取るのは、私小説を書いて収入を得たり、テレビに出てギャラを貰ったりするのと、あんまり変わらないように思う。


性器とかほんと邪魔だし脱着式だったらいいのになー、って思う。もし脱着式だったら、駅のコインロッカーに隠して、毎日学校帰りにこっそり確認する。で、ある日、自分の性器ごとコインロッカーが撤去されてることに気づいて、さんざん焦ったりとかしたあげく、結局見つからなくて、肩を落として街をさまよったりする。


夜遅くに喉が渇いて麦茶を飲んだりすると、自分がいま飲んでる麦茶の中の水分子はどっかのアイドルの尿道から排出されたことのある水分子だったりするのかなー、とかぼんやりと考える。

自分が変態すぎるのか、この世の中で普通に生きていくことの中にも様々な性的なものが見出だされて、いちいち疲れる。性的な気分でもないのに性的なことを考えさせられるのって苦痛。


自分のメンタルに手を突っ込んで、自意識の塊を鷲掴みにして取り出せたらどんなに愉快かと思う。

2010年01月14日(木)

考えてみたら、明日はセンター試験の準備日で、学校が休みだ。大学って、帰りの会やホームルームといったものがないから、いつが授業日なのかがいまいち把握しづらい。大学で入学ガイダンスがあった日は、誰にも報告したりせずに勝手に帰っていいっていうのに、ものすごく違和感があって、廊下をしばらく行ったり来たりしていたことを思い出した。


今日は久々にドライヤーを使わずに髪を自然乾燥させた。これからしばらくはドライヤー使わないようにしてみようと思う。


TOEICの成績が家に封書で郵送されてきていて、中を開けて点数を見てみたら、645点だった。初めて受けたときが490点で、その次が605点だったから、やっぱ慣れの力が大きいんだろうと思う。


子どもに対する虐待は肉体的・精神的・性的な虐待以外にもネグレクト(育児放棄)があって、必要な食事を与えない、必要な衣類を与えない、必要な治療を受けさせない、というようなことも虐待に含まれてる。ついでに、子どもを学校に通わせない、なんてのも虐待に該当する。

で、これらが虐待に該当するのは、これらが子どもの心身の健全な発達の妨げになるからで、子どもの健全な発達ってのには当然この世の中で自立して生きていくことも含まれているのではないかと思う。

学校に関して言えば、親が子どもに学校教育を受けさせるのが義務となっているのは、子どもが中学校を卒業するまでだから、それ以上の教育を受けさせる義務は法律上はないんだろうけど、でも、もし子どもがもっと教育を受けたいと望んでいて、かつ、それが子どもの健全な発達の上で有効だと考えられるなら、更に高度な教育を受けさせるよう努める義務は、倫理的にはあるんではないかと思った。

「子どもは親に高いお金を払わせて学校に行かせてもらっているのだから親に感謝すべき」みたいな話を聞くと、こんなことを考える。


自分から見るとどうしても、他人は悩みなんて持っていないんじゃないかとか、他人の悩みなんて自分のに比べたら大したことはない、なんてことを思ってしまいがちだけれど、他人も自分のことを同じような目で見ているんだろう。

ただ、それが分かったところで、大学での対人関係の苦痛が和らぐわけでもない。大学では人に話しかけられるのが面倒くさくて仕方がないし、中途半端な知り合いがほとんどだから、話をしても変な雰囲気になるから疲れる。考えてみれば、高校の頃は、会話をする相手すらいなかったけど、それが逆に気楽でもあったように思う。そういえば、高校の一年の頃は、まだクラスに何人か友達もいたような気がする。そして、メンタル系のサイトを見だしたあたりから、人と話すのが苦手になったような気がする。やっぱりネットで憂鬱な文章ばかり見ているから、感情が伝播して、自分も精神的に追い詰められてしまうのかな。


室温が3.5℃しかない。

2010年01月13日(水)

例えば、結果的に、麦は人間の食料となることで、その子孫を増やすことができたのだから、人間が家畜を計画的に生産・消費するのも、単に人間が利益を得るだけでなく、家畜の種の繁栄や保存に役立っているとも言えると思う。

菜食主義者にもいろいろいるから、菜食主義そのものに関しては特に何も思わないけど、自分は個人的にあんまり肉が体に合ってないような気もするので、いつか極力肉を食べない生活もしてみたいと思う。

あとなんか今日考えてたことがもう一個あったはずなんだけど、これ書いてる間に忘れた。確か親が子どもに受けさせる教育とかそんな話だった気がする。


こないだ「せね家」とかいう立ち食いそば屋かなんかの看板を見かけた。店主がセネカ好きなのかな。


図書館で本読んでたらDavid S. DummitとRichard M. FooteのAbstract Algebraもちょっと欲しくなってきたけど、こないだ買ったLangのAlgebraとかなり内容はかぶってる。自分、絶対お金あったら対して読みもしないテキストばっか買ってると思う。


またしばらくたったら同窓会やるといいな。一年に一回くらい同窓会とかに出て自分っていう存在を認識してる人間と接触する機会がないと、自尊心が不安定になってまた対人恐怖症がひどくなる気がする。あと、一緒に生徒会をやってた友人と会うと、自分もそいつに負けないように頑張ろうと思えてくる。そしてたいてい同窓会はお酒が飲み放題だし、何より楽しい。

ほんと教育実習が怖すぎるから、バイトか何かして人と接するのに慣れた方がいいかも知れないな。春休みになんかバイトでもしようかと思うんだけど、なんのバイトがいいだろう。


手取り足取り、テトリスアシトリス


「子どもは泣くのをやめると、親を泣かせる」っていう諺みたいなのを思いついたけど、もう既にどっかのことわざにありそう。ちなみに、子どもは幼いうちは自ら泣くが、大学生になり留年しては親を泣かせ、結婚しては親を泣かせ、みたいな意味。


あと、今日、茶髪のこと考えてたら、自分が茶髪になっちゃえば別に茶髪とか怖くなくなるんじゃないかと思った。大学での対人恐怖症を直そうと思ったら、大学で友達とかいっぱい作って楽しい大学生活を過ごさなきゃいけなさそうだから、なかなか難しいけれど、茶髪にするくらいなら、お金さえかければいつでもできる。


なんかこないだの同窓会行った後に大学生活何日か過ごしたら、やっぱ自分が一番人生楽しかったのって中学の頃だったんだなーって思った。中学の同級生なら、自分から話しかけることもできるし、相手から話しかけられても何も考えず自然に受け答えができる。

なんで大学だとこうはいかないのかが、自分でもよくわからない。やっぱり、大学での自分の対人恐怖症は、大学での人間関係に自分が適応した結果なのかな。


なんか自分って観測者の立ち位置に居たがってるような気がする。

2010年01月12日(火)

今、ベッドの中で起きながら夢を見てて、中学生に代数学ってものがなんなのかを説明してたら、集合はものの集まりじゃなくて条件じゃないかと思った。


聞いた話によると、小学校の時の同級生で、中学受験をして私立中学に行った女子たちは、オタク化しているらしい。オタク文化って若者の教養みたいになってきてる気がする。中学の同級生の間でも、今エヴァが流行っているみたい。まあ、エヴァはもうオタク文化って感じでもないけど。中学の時にエヴァにはまって、もう今はそこまでエヴァに対する熱意のない自分としては、「え、いまさら?」っていう感じもする。


なんか今日もちょっと芸術のこと考えてたんだけど、料理って、表現者が鑑賞者の感覚的な変動を引き起こしてるもののうちに入るよね。でも料理は決して、芸術的な目的のもとに作られるものだけではないと思う。やっぱり、芸術って鑑賞者を想定した表現が自己目的化したもの、って感じがするんだけど、でも、芸術って、かなり商業とかと隣り合わせだったりもするし、どうなんだろう。まあ、言葉の定義なんて、完全なものなんてありゃしないから、別にどうだっていいんだけど、なんか無い頭でいったん考え出すと止まらなくなる。


先週の月曜に、図書館行こうと思って図書館の開館日確認したら、休みだった。今日、雨の中、図書館に行ったら、休みだった。今週の木曜こそ、図書館がやっているので、図書館に行こうと思うんだけど、もし図書館が休みだったらどうしようと思う。多分、休みだった時は、自分は現実と虚構のはざまみたいな場所に取り残されてて、もう一生図書館に行けなくなったりしてるんだと思う。


なんかさっきから、救急車のサイレンがうちのすぐ近くまできてから音を消す、っていうことがたびたび起きてる。なんかそろそろうちにも救急車来るんじゃないか、っていう感じがする。そんなわけないのに。いや、人生何があるかわからないから、もしかすると、本当に救急車は来るかも分からない。


同窓会とかやると、学校で同じ時間を過ごしていたころよりも、堕落しているように自分には見える人がいて、そのような人を見ていると、「ああ、無常」って思う。でも一緒に話したりすると、大抵、性格は全く変わってないんだよね。なんだろう、時の流れっていうのは、溝を埋めることも生むこともある、っていうかなんていうか。


昨日の日記に書いたとおり、今日は誰とも会話をしなかった。なんつーか、同窓会に行くと割と喋るし人と一緒にいて楽しいと思う、ってのが不思議だ。もちろん、人間ってそういうもんであるっていうことは、分かってるんだけど、それでも妙な気分だ。

学校っていったん卒業してしまうと、基本的に学校の友人関係が卒業時点のまま永久に保たれる感じがする。学校で毎日一緒に生活してれば喧嘩をしたりとかいろいろあるけれど、卒業後はたまにこうして会うくらいだから、仲が悪くなることもないし、新しい人間関係が形成されることもない。


尾仲一平(おなかいっぺい)


虚無感と虚無僧だと虚の読み方が違う。

2010年01月11日(月)

なんかほんと昨日は一日体験リア充みたいな日だった。友人の暴走っぷりが、今思い出しても笑える。明日からまた、ほとんど人と会話しない大学生活が始まる。

来てた女子が、クラスの半分くらいで、大人しめの女子がごっそり来てなかったんだけど、あれはなんでだったんだろう。家が厳しいのか、連絡が行ってなかったのか。頭よかった人とか親同士仲が良かった人とか、どうなってるか気になってたんだけど。

あと、隣に座ってた友達は、家がけっこう厳しかったからか、食べ方がどことなく上品だった。食べ方が上品なのって、なんかかっこいいと思う。

友達が、タバコを吸う女の人はいやだ、みたいな話をしてて、なんかこないだそんなようなアンケート結果をネットで見たな、と思った。確かに自分もタバコを吸わないし、タバコの煙は嫌いなので、近くで吸われるのは嫌かなー、と思ったけど、よくよく考えたら、そもそも女の知り合いがいなかった。

そういえば、なんであの人は自分の通ってる大学を知ってたんだろう。

ってか、自分に女の人との接触がなさすぎるからか、誰かこの世の中の女性の意識の片隅に自分という存在があるというだけで、なんかもう十分過ぎる感じがする。その上、自分の発した言葉が、女性の感覚器官を伝わって相手の意識や感情に変化を起こさせたりなんかしたら、もうなんつーかすごいし、自分はどうかしている。

あと、自分は一人でぼーっとしている時は、だいたい頭の中で誰かと雑談してる。基本的には雑談の内容は、何かを説明したり、この日記に書くようなことをつらつらと喋ったりとかで、相手は相槌を打つ程度なんだけど、たまにその妄想が暴走して、夢を見ているみたいになることがある。風呂に入っているときや、寝る前などは、基本的にこの、起きながら夢を見ている状況にある。で、その起きながら見る夢に出てくる人は、だいたい自分の知り合いだけなんだけど、今回の飲み会によって記憶が薄れかかっていた自分の知り合いの外見や声や性格のデータがアップデートされた感じがする。これでより鮮明に夢を見れそうな気がする。


昨日の飲み会の会場で友達が吸っていたタバコの煙の気持ち悪さがまだ肺に残っているのか、ときどきタバコの臭いが想起されて気分が悪くなる。帰ってきてからも服についたタバコの臭いがひどく気になった。


版画を摺るときに使うあれの名前と、弁当や寿司に入ってる草を模したプラスチック製の薄っぺらいあれの名前が、どっちがどっちだかわからなくなることがしばしばある。多分、前者がバレンで、後者がバラン。


普段起こらないような出来事が自分の身にふりかかった次の日の朝は、だいたい、「ん?自分が昨日起きたことだと思ってる一連の事象って、もしかして全部夢だったのかな?」っていう気分になる。そんで、ケータイを確認して、「わ!やっぱり夢じゃない!」ってなる。

昨晩の一連の物事も、現実にあったことなのかどうか、自分には疑わしく思えたけど、ケータイの受信メールを確認してみたら、やっぱり本当だった。なんか今思い返すと、昨日の飲み会は、天国かはたまた地獄か、っていうくらいに盛り上がっていて、ちょっと酷かった。

自分は朝の5時に喉の渇きに目覚めさせられて麦茶を飲んだ頃は、すこし頭が痛かったけど、今はもうすっかり回復してる。


公的機関が社会的援助を必要としている人たちに何らかの援助をする上で、最も安直でしかもコストもかからない方法が、現金を支給することだと思う。仕事や生活の妨げになっているであろう、精神疾患や依存症をちゃんと治療しようとすれば、一人あたりの治療費も、そこそこな額になるのでは。

まあ、最近よく話に聞く派遣村とかいうものについては、どこの機関が誰にどのような援助をしているか、自分はよく知らないので、なんとも言えないのだけど。

ってか、普通にカウンセリングとか精神科医との相談に行こうと思ったら、一時間あたり結構なお金取られるよね。市とかで月に何回かやってる、特定の人を対象にした、無料相談なんかはあるけど、だいたい予約制で、ちょっと敷居が高く感じてしまう。いや、それを言ったら、カウンセリングも予約制か。なんか、電話予約って、自分にはかなり敷居が高いんだけど。

2010年01月10日(日)

酒に酔った状態での日記を後で見返したいので、もう一度日記をつけておく。あと、今書かないと、寝て起きる間に、全て忘れてしまいそう。以下、今日の飲み会の話。

自分はどうやら酔っぱらうと、酒を飲む以外のことをする気力がなくなるらしく、後半はほとんど誰とも会話せずにひとり端っこに座って、ビールをちびちびと飲んでいた。途中で、女子の一人が、自分の通っている大学名を知っていたらしく、「○○君のこと知ってる」的な話を何度か振ってきたけれど、全く知らない人ばかりだったので、全て「知らない」と答えた。すると、友達から、「そういうときは嘘でも「知ってる」って言うもんなんだよ」みたいな事を言われて、なるほど、と思った(そして、今考えれば、同年代の女子とまともに意志疎通が出来たのは、これで何年か振り)。

そうやって、ひとりでビールを飲んでいたら、「○○(自分の中学時代のあだな)ひとりで飲んでる、かわいそう」と女から声をかけられたりしたけれど、誰とも会話せずにひとりでビールを飲みたい気分だったので一切を無視してひとりで酒を楽しんだ(今考えたら、かなり失礼な気がする)。

なんか二次会をやるような雰囲気だったけれど、何人かは酔い潰れて帰ったし、他にも女子のうちの数人は門限が厳しいらしく帰ってしまい、自分もわざわざ酔いを醒ますためだけに二次会にお金を払うのもあほくさかったので、理性が保たれているうちに数人を残して帰ってきてしまった。

うちの家系は比較的、酒に強い家系だから、醜態をさらさずにすんでよかった。友人はかなりいろいろと喋ってしまっていて、ちょっと見ていて気の毒だった。まあ、飲み会の席では、あれが正しい酔い方であるとも言えるだろけれど。

なんか女子から話しかけられたりするのって、相当ひさしぶりなはずなんだけど、中学のときに普通に話をしていたからか、ほとんど緊張することがなかった。やっぱ、性格は関係性の中で決まると言うけれど、あれは本当だと思った。

なんだかんだで、今日はけっこう楽しかったかも知れない。ただ、当分は、このような機会は、もういいやとも思った。


今、飲み会してる。酔っ払ったときに書く文章がどんなもんか後で見返したいので、こうして飲み会中にメールで日記を更新しておく。周りはかなり暴走していて、暴れている人もいるけど、自分は一人で静かにひたすらビールを飲んでる。初めのうちはみんなと話をしたりしていた。今は酔っ払っているのに妙に気分は覚めてる。


つーわけで今日は成人式に行ってきた。朝は8時に起きた。外で待つのが寒そうなので、開場ぴったしに会場に着こうと思って、だらだらと時間かけてネクタイ締めたりスーツ着たりして、十分に時間つぶしてから、家を出た。会場へ向かう途中、スーツを着た知らない人が何人か自分を追い越していって、あー、あいつも成人式かー、とか思った。会場についたら、ちょうど開場ぴったりだったので、すぐに受け付けに行って、参加のハガキを出して、なんかパンフレットみたいなものをもらった。

それから、知り合いいねーかなー、と思いながら、その辺をぶらぶらしていたら、卒業してからも何度か会ってる中学の時の同級生に会ったので、そいつらと一緒に会場を回ったりした。その後、大ホールで話聞いたりダンス見たり歌聴いたりした。

帰る途中、別の知り合いと会ったので、そいつらとぐだぐだ話しながら帰ってきた。同級生や先生の近況を聞いたりした。

なんつーか、大学で同年代の人たちを日々見てはいるんだけど、公立中学からの同級生となるとやっぱ全然雰囲気違うな。男の約半分はなんだかよくわかんないチャラチャラした感じになってるし、女は皆似たような振袖着て似たような髪型してるからよくわかんないし。あと、やっぱチャラチャラしか感じの人は怖いなーと思った。多分、自分と全然価値観が違うように見えるからだと思う。価値観を共有してるように見える人には親密感を感じるものだから、価値観を共有してないように見える人には恐怖心とか敵対心を感じるものなのかもしれない。


最近、なんかしんないけど、ずっと「芸術ってなんだろう」ってことを考えてて、芸術って、単に「美」を表現するものっていうよりは、人が意思をもってして何らかの状態を構成することが自己目的化されたもの、だと思った。

で、これ書いてから、Wikipediaで「芸術」のページ見たら、

芸術(げいじゅつ、希: η τεχνη、 techné、羅: ars、英: art)とは、表現者あるいは表現物と、鑑賞者とが相互に作用し合うことなどで、精神的・感覚的な変動を得ようとする活動。

芸術 - Wikipedia

って書いてあった。表現者と鑑賞者って発想がなかった。確かに、この世界にひとりしか人間がいなければ、芸術は成立しないかも。

2010年01月08日(金)

最近ようやく手動管理のiPodで聴いた曲をLast.fmでscrobbleする方法が分かった。


自分が書いている文章は、稚拙ではあっても一応、他の人が読んでも意味が理解できるようになってると自分では思ってるけれど、たまに、本当は自分の書いている文章は全くの支離滅裂で言葉としての意味をなしてないんじゃないかとか思う。

ごく稀に、こういう、自分があたりまえだと思っていることが揺らいで見えるときがある。他にも、自分ではこの日本っていう国があると思ってるけど、実はこの領土は完全にどこか別の国の植民地になっていて、自分たちはそれを知らずに生きているのではないか、とか思う。だから、YouTubeで再生回数の多い、日本にまつわる動画を見ていて、コメント欄に、日本人はretardだ、みたいなことが書かれていたりすると、その内容が日本人に対して侮蔑的なものなのにも関わらず、「ああ、やっぱり日本っていう国はほんとにあるんだ」って安心する。まあ、そのコメントすらも民衆を欺くための演出なのかも知れないけど、そこまで巧妙に騙してくれるならいいかとも思う。

なんか子どものころから、ちょっとした悪いことをするたびに、あとあと大騒ぎになるんじゃないかとか思って、髪の毛を落とさないようにしたり、指紋が残らないようにしたりしてたような気がする。そんなちょっとのことで指紋なんて調べるわけがないのに。


「ウキウキする」って文字列を見ると、両手を頭の上にもってきて猿のポーズをしながら楽しそうに「ウキウキ!」ってやってる絵が頭の中に浮かんでしまう。


朝起きるとだいたい部屋の温度は7℃。寒いときは5℃。寒い。


なんか知らないけど、のらくろに妙な親しみを感じる。子どもの頃、台所の椅子にのらくろの絵が描かれたクッションが置いてあったから?白黒ののらくろの映画ならもう著作権切れてると思うんだけど、どっかで映像とかダウンロードできないのかなー。


著作権が切れてパブリックドメインになった昔の映画なんかがBitTorrentでダウンロードできる、publicdomaintorrents.com っていうサイトを見つけて、なんか昔のアニメとかダウンロードして見てるんだけど、面白い。昔のアニメって、キャラクターの動き方が極端にデフォルメされてて独特だし、物語の進み方もまるで夢を見てるみたいな支離滅裂さで、見ていて飽きない。


ここんとこ毎晩お酒飲んでる気がするし、実際に毎晩お酒飲んでる。なんか、お酒を飲んでからしばらく経つと、股間がじんわりと熱くなって、おしっこしたいようなしたくないような感じになる。

2010年01月07日(木)

レポートが書き終わった。提出は紙じゃないといけないから、明日学校で印刷するつもり。とりあえず学校のサーバにftpでtexファイルもpdfファイルもまとめてmputして、念のため学校のメールアドレスにも添付して送信しておいた。

最近、また痔っぽい感じ。二日に一回はお尻の穴が切れて血が出る。トイレに行くのがこわい。

明日から学校が始まる。もうすぐ試験だし、面倒なことだらけだけど、一ヶ月後からは二ヶ月間の春休みに入る。考えたら大学って春夏冬の長期休み合わせたら4ヶ月くらいあるし、結構休み多いよね。ぜんぜんそんなに余裕がある感じしないけど。

去年の春休みはプログラミングの勉強したし、今年は抽象代数とか音楽とかの本を読みたい。

なんか今、急に、前期試験が終わったときの、これからしばらく勉強しなくていいっていう解放感と、これから何をして過ごしたらいいんだろうっていう空虚感を思い出した。

成人式って、具体的に何をやるんだろう。市長の話聞いたりすんのかな。


夕御飯を食べてからずっとレポートを書いてたから、頭がかなり暴走してる。もうレポート8000バイトくらい書いたから、もう終わりにしよう。


駅前とか歩いてると、そこいらを歩いてる人の一人ひとりのつむじあたりにげんこつをお見舞いしたい気分になるときとか、一人ひとりになれなれしく話しかけて回りたい気分のときとかあるけど、基本的には人間いっぱいいてちょっと焦る。


結局午前中はずっと寝てて、昼からはゲームやって、レポート今書いてるっていう。レポートって脳が暴走してるときの方が書きやすい。

2010年01月06日(水)

排便や自慰をしているところを人に見せてお金を貰うのって売春に入るのかな。アダルトビデオを批判する人に、たまに、AVは売春だ、っていう人がいるけど、AVって別にセックスだけを映してるとは限らないし。どうなんだろう。気が向いたら調べてみよ。

二次元児童ポルノの問題とか、どこに線引きをするかが微妙な問題ってたくさんあって面倒だから、もういっそのこと性欲は全て悪ってしてしまいたくなる。

すべての倫理的問題って、絶対人間の脳の仕組みに問題あると思うから、やっぱり人類が絶滅するか、地球が爆発して全生命が死滅するしかないと思う。ただ、いつか全生命が絶滅し地球もなくなるっていうことは、「百年後には全員死亡」以上に自明だから、誰かが手を下さなくても、行く先は同じ。

成人向け同人誌ってなんかで数回読んだことあるんだけど、あれってなんか最後の数ページまではえろい内容なのに、落ちは妙に真面目だった気がする。全部そういうもんなのかな。もしそうだとしたら、それにはどういう理由があるんだろう。


最近部屋が散らかってる。机に納まりきらない本ゆプリントを椅子の周りの床に置くと、便利だということに気づいてしまったから。

三年生からは、教職過程の教科以外は、好きな勉強以外はやらなくてよくなるので、少し楽しみではあるんだけど、教職科目の負担も増える。正直、学校の先生にはなりたくないし、学校の先生になったら精神がもたなくて数ヶ月でダウンするような気がする。教育実習も、重荷でしかない。教員って研修期間が教育実習の数週間だけだから、企業で言ったら3月に研修をさせて4月から即戦力として社員を使ってるようなもんだと思う。どうかしてる。

なんで日本の学校ってあんな狭い部屋に30人も押し込んで一斉授業したり、強制マラソンさせたりしてるんだろう。まるで軍隊みたいだと思うんだけど。学校がすべて少人数学級だったらいいのになーと、思う。全生命が死滅しろとは言わないから、このまま順調に日本の人口がある程度まで減ってほしい。


全然レポートを進めていなかったんだけど、さすがにそろそろ書き始めなきゃやばいだろうということで、今日ようやくレポートを書き始めた。TeXで打ってるんだけど、ページ番号とか脚注とかセクション番号とか勝手に振ってくれるし、段落ごとのインデントも勝手にやってくれるからとても便利。明日早起きしてさっさと終わらせてしまおう。

成人式の日に中学三年の時のクラスのメンバーで飲み会をやるらしく、その御誘いのメールが来た。おそらく主催者であろう友人からメールが来て、自分もすべての人のアドレスを知っているわけではないからこのメールを受け取った人は知っている人にこのメールを回して欲しい、という内容のことが書かれてた。なんかチェーンメールみたいだなー、って思った。

中学を卒業してから、何度か同窓会みたいなものはあって、話が来たのは全部一応顔を出したんだけど、連絡不徹底やらなんやらでだいたいいつも半分とか三分の一くらいしか人が集まってなかったので、せっかくだから今回はほぼ全員集まってほしいなー、と思う。なんかこういうのって、普段顔出さないような人が来ると気分的に盛り上がる。

2010年01月05日(火)

もうすぐ冬休みが終わる。学校が始まる。いろいろと疑問が多いけれど、すぐに忘れる。寝る。おやすみなさい。お腹すいた。


電話番号に誤り訂正がついてたらいいのになーってたまに思う。

2010年01月04日(月)

今気づいたんだけど、数学って数の学問じゃないよね。数学的構造を考えれば、その中身のこと考えなくていいし。英語の mathematics は語源がギリシア語で「学ぶこと」とかそんな意味らしいし、どっちかっていうとそっちの方が数学の本質を突いてると思う。まあ、名前なんてどうでもいいんだけど。

本屋さんに行って数学の本がなかった時よりも、代数学の本を見つけて手に取って見てみたら数学的構造について一切触れられてなかった時の方が、よりがっかりする。


今日、16時45分21秒に、「匿名さんからポイント付きメッセージを受け取りました。」という内容のはてなメッセージが来ていた。受信したポイントは45ポイントだった。多分http://twitter.com/y_arim/status/7343451409をブクマしたからだと思うんだけど、これは有村さんがやったのか、それともまた別の誰かがやったのか、よく分からない。

せっかく知らない人から頂いたはてなポイントなので、大事にとっておこうと思ったんだけど、どうやらはてなポイントは一年以上利用がないと失効してしまうらしい。今のところはてなポイントを買う予定もないし、45ポイントだとはてなの有料サービスを使うことすら出来ない。

自分も匿名で知らない人に勝手にはてなポイントを送りつけたりしてみようかなあ。なんか楽しそうだし。でもちょっと迷惑かもしれないな。


今日は、借りていたDVDをTSUTAYAに返却した。カウンターにいた店員の横顔が、自分の知り合いの中にいたような顔に見えたけれど、よくよく見てみたら、全然見たことのない人だった。こういうことはよくある。

ブックオフで本を見て回ったけど、やっぱり欲しいと思う本はなかった。その後、中学時代に頻繁に通った記憶のある、チェーン展開をしていないような正統派古本屋に寄ったら、ガロやストレンジ・デイズが置いてあった。

後は、スーツ用のベルトがなかったので、買ってきたりとか。もうすぐ成人式だなあ。正直面倒くさいんだけど、まあこればっかりは一生に一度のことだし、別にお金がかかるわけでもないし、行って帰ってくるだけだから、一応行ってこようと思う。

成人式って女の人は割と振袖参加の人が多いような印象があるけど、あれってレンタルで幾らぐらいするんだろ。そういえば半年くらい前に、田舎のヤンキーみたいなのが見本に写ってる成人式用のレンタル袴のダイレクトメールが来てた。


BDをDBと見間違える。ブルーレイディスクとドラゴンボール。

2010年01月03日(日)

うちの学校の教育心理学の先生は、なんかとても話好きな雰囲気の人なんだけど、「これでも若い頃は人の目が結構気になってたんですけど年とるにつれてだんだんそういうの気にならなくなっちゃって」みたいな事を言っていて、へーそういうもんなのか、と思ったんだけど、どうなんだろう。

最近思うんだけど、Googleで「自意識過剰」で検索すると、「自意識過剰 克服」とか「自意識過剰 治す」とかいっぱい検索候補が出てくるし、自分から見ておよそ自意識過剰には見えないような人も本人は自分で「私、自意識過剰で」って言ってたりするし、別に自意識過剰ってめずらしいもんでもなんでもないんだけど、なんか自分のに比べて他人の自意識過剰は可愛げがあるっていう感じがしてしまう。自分の自意識過剰はすごい気持ち悪いしこんなもん今すぐにでもなくなってしまえと思うんだけど、他人の自意識過剰はその人の人格の一部だとかその人とは切っても切り離せない魅力の一つ、っていうふうに感じることの方が圧倒的に多い。


正月に親戚の家に行っていとこの子どもとか見てたら、「あー、子どもってこうだよな」っていう感覚が久々に蘇った。子どもと間近で接するのは、本当に何年ぶりかのことだったので、とても新鮮だった。

なんか男の子一人と女の子三人くらいいたんだけど、そのうちの女の子一人が割り箸とか紙皿とか、頼んでもないのにいくつも渡してきたりして、なんかかわいいなーとか思ってしまった。なんだろう、自分が子どもの頃は、自分より小さい子どもがうざったくて仕方がなくて、「自分は絶対子どもなんか産まないだろう」とか、子どもながらに思っていたんだけど、高校生あたりから、漠然と、「自分もいつか結婚して子どもを授かったりするんだろか」みたいな事について考え始めていたような気がする。

高校二年の頃、中学の時に親しかった同級生と会ったときに、そいつが、多分当時子どもを産む予定があったわけでもなかっただろうに、急に「最近、自分の子どもにつける名前を考えてる」とか言い出して、当時自分もちょうど結婚とかについて漠然と考えていた頃だったので、なんか共感した記憶がある。ここ数日は、そんなことを思い出したり、LangのAlgebraを読み進めたりしていた。

それにしても、Algebraが全然読み進まない。文中に出てくるexact sequenceってなんだろう、とか思ってWikipediaなんか見てしまうと、もうそっから数時間はLivedoor Readerの画面に縛り付けられてしまう。ただ、なかなか読み進められなかったとしても、この過程が数学を勉強する上でまったく役にたたないということもないだろうと思うので、このままちまちまと学習を続けていこうとは思う。


Twitterで気になった人をLivedoor ReaderとかGoogle Readerに登録してると、登録者数が少ない事が多い。はてなで有名な人のアカウントでも数人しかRSSリーダーに登録してない、なんてこともしばしばあって、前から不思議に思ってたんだけど、最近ようやく、それは皆TwitterでFollowしてるからだっていうことに気づいた。

っていうような内容の日記をこないだ携帯で書いたんだけど、多分まだここに送ってなかったと思うので、今これをここに書いておくことにする。


ナサイマ専用


新機能、蜃気楼。


朝鮮人って書くとチョウセンジン、朝鮮人参って書くとチョウセンニンジンで、後ろに「参」がついてもつかなくても「ジン」で終わる。

2010年01月01日(金)

今日はお風呂上がりに、『何が「リア充爆発しろ」だ、ちいせえ奴らだな。俺の非コミュは世界規模、いつも「地球爆発しろ」って考えてるぜ』っていう文句みたいなのを思い付いた。

「リア充爆発しろ」とかは思ったことないけど、「地球爆発しろ」はたまに思う。自分を含めた全生命体に対する敵意みたいな。みんなを等しく差別すると、それはもう差別ですらない的な。

その辺で交尾してるトンボとかに本気で嫉妬する人っていないのかな。自分はなんか町のカップルも、交尾してるトンボも、なんかこっ恥ずかしくて直視できない。


遠くで猫が喧嘩してる。まあ、遠くっつったって、近所だけど。


音信普通


最近、えろ画像ってなんなんだろうって思って、Tumblrでえろ画像とか見てるんだけど、なんかやっぱ世界は広いなって思う。そして、えろい気分でもないのにえろ画像見見てると、なんか妙に冷静になって、変な感じがする。

女体盛りとか食ザーとかさ、する人なんてめったにいないんだろうけど、あれって食欲と性欲が一つの場面に同居してるわけで、頭混乱しないかな、って思うんだけど、どうなの。


最近、Last.fmに聴いた音楽をばんばんscrobbleしてるんだけど、これやっぱ面白いな。


今日は、なんか成り行きで親戚の集まりみたいなのに行ってきた。うちは母が6,7人きょうだい(うろ覚え)なうえに、母方の親戚の結びつきが強いので、こうして冬や夏に大人数が一斉に集まることがある。

母方と父方を合わせれば、自分には14人以上いとこがいるんだけど、そんなに頻繁に顔を合わせているわけではないから、いまいち名前と顔が一致しない。いとこの中では、一番年下が自分で、上は多分三十代前半だと思う。いとこのうち、女の人はおおかた結婚して子どもを持っているけれど、男で結婚している人は一人もいない。

今日は三人くらいいとこと会ったんだけど、そのうちの一人が、なんか加瀬亮に似てた。ってか、前から加瀬亮には似てたんだけど、その時は加瀬亮を知らなかった。自分と同じく、割と無表情で頬の筋肉が衰えてた。それが余計に加瀬亮っぽかった。

なんかああいう、人がいっぱいいて皆楽しそうにしてる場所に行くと、「自分だけは最後の砦として、常につまんなそうにしてないといけない」ってちょっと思うんだけど、あれなんなの。

あと、一同で歩いてる最中、「そうだ、記念に写真でも」っていう雰囲気になり、一同で並んで、自分の叔父に当たる人がカメラを構えたら、たまたまそこを通りかかった志村喬にそっくりな人が叔父に向かって、「私が撮りましょう、せっかくだからあなたも入りなさい」って言ってきたので、それではお言葉に甘えて、ってな感じで、写真をとってもらった。志村喬に似た人は、渡したカメラを、腰を低く構え、二枚、写真をとってくれた。写真をとった後、志村喬に似た人は叔父にカメラを渡した後、叔父の肩をたたきながら、「大家族でいいじゃないか、楽しい正月を過ごしなさい」みたいなことを、黒澤映画に出てくる志村喬みたいな喋り方で言っていて、「わ、かっこいい!まだこういう人が日本には残っているのか!」って思った。